【コラム】良い珈琲とは、というお話し

みさご珈琲の向井務です。

本日、竹のアーティストで、竹林の活用を続けておられる

竹の國(http://bambookingdom.net)主宰の

三橋玄さんとお話ししている時に、

良い珈琲のお話しがでて来ました。

 

良い珈琲、正しい珈琲という言葉。

様々な先達の思いにより、具現化されてきているとは思いますが、

良い珈琲の定義は非常にあやふやなものとなっています。

 

世の中には、喫茶店の珈琲、コンビニの珈琲、自宅で淹れるインスタントの珈琲、

自販機でも手軽に買える缶コーヒー、山登りの折り返しで山頂で淹れる珈琲、

プロのバリスタや、抽出士というレベルまで技を研鑽してきた人たちが淹れる珈琲。

 

珈琲は、その状況や手段、誰が淹れるかなどで本当に多種多様な楽しみ方を

されている割に、みんな「珈琲」あるいは「コーヒー」と共通して呼ぶところが

楽しくも煩わしいところでもあると思います。

 

正直に言いますと、良い珈琲は飲む人の感覚や経験、そして固定概念によります。

 

今までたくさんの珈琲と向き合い、舌の確かさに確信を持てて、

人生に自信も反省もしっかりしてきたシニアの方と、

まだ苦味にも興味がわかない十代後半の方とは、

やはり目指すものや受け取り方が大きく異なってきます。

 

これはどちらがいいということではないんです。

どちらも正しくていいと私は考えています。

 

ただ、一つだけ、珈琲屋としての方向性でお話しをするなら、

珈琲も見るからに現在の薬理学や栄養学的に

飲むのをやめておいたほうがいいという

珈琲の扱い方や製造方法というのは存在します。
こういう、「普通にやめておいたほうがいいよね。」

という珈琲も、実際に飲むと個人個人で感想が違います。

ある人は飲めないといい、ある人は美味しいと言う。
そんな中で、ひとまず安全で美味しい珈琲を

提供する側が意識するべきではないかなと。

元々、「良くない珈琲」が体に合わないことがある私は、

身を以て考えているわけです。

それ自体も極論、偏った見方なのかもしれませんけどね。

 

一般的に見ても、珈琲そのものが、少量では良い効果も少なく、

多すぎると弊害のある飲み物、ほとんど薬のようなものです。

 

その薬の中に、「少量でも多量でも毒」といえる、

「取り除いておいたほうがいいもの」があることがわかってきてます。

 

現在までの発見や臨床科学でも、答えが出ていない部分はありますが、

「交通事故をできるだけ減らしましょう」とするような感覚で、

わかっている部分は安全に美味しくしていくのが、

「良い珈琲」を作るための心構えなのではないかなと考えます。

 

今をいきる人間として、本当に、飲む機会が多い珈琲。

謎のままにしておくのももったいないので、ぜひ色々と見聞して考えていただければ

一珈琲人としては嬉しい限りです。気づいたことがあればぜひ教えてください^^

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